私のぼろ車が、又車検の季節を迎えてしまった。
昭和62年の車だから、もう15年目を迎えたことになる。
これだけ乗れば、きっと車も喜んでくれているだろう。
致命的な外傷はなかったし、よくバッテリー上がりを起こしたが、最近はそういうこともなく、何となくちんたらと走っている。
車にも当然寿命があるのだろうが、こうして10年以上もつきあっていると、このままずっと一緒に生き続けることができるのではないかという錯覚に陥る。
幸い、私の親も80才を過ぎたが、まだまだ元気だし、兄弟も健康において問題を抱えているのはひとりもいない。
みんなこのままずっと生きていけるかもしれないね、なんてノー天気なことも言ってみたくなる。
別れはやはり来ない方がいい。
車検の話をしていたら、変に話がそれてしまった。
で、そろそろいつもの業者に電話しなくちゃと思ったのだ。
杉並に引っ越してからのつき合いだから、かれこれ10年になろうか。5回目の車検ということだ。
「もしもし、千葉さんはいますか?」
「は?千葉ですか・・・」相手の反応が少し口籠った。
しばらくの後、「千葉は今日は帰らせていただきましたが。」とのこと。
担当はずっと千葉さんだった。
といっても、最近は2年に一回のつきあい。
別に親しいわけでもないが、名刺をもらった人はそのひとだけだった。
それゆえ、千葉さんでなければならないというわけでもない。
「いえ、車検をお願いしようと思ったんですが、わかる人おられますか?」
「ええと、お名前は?後で資料を調べて連絡させてもらいますので。」
電話番号を聞かれたので、会社の番号をこたえる。
資料を調べるって、エライ大層だな。
たかが車検じゃないか。
それから1時間。
連絡全くなし。
何だ、そりゃ、車検なんかどこでやっても一緒なのだから、もうちょっと迅速にやらんと工場変えるぞ。
などと思っていると、電話がやっとあった。
電話は千葉さんからだった。
あれ、帰宅したんじゃなかったの?
「お電話いただきました。わざわざ私の名前を出していただいて光栄です。」
指名されたのが、とても嬉しいと千葉さんは繰り返した。
「実は、私、去年定年を迎えたんです。それで、しばらく家にいたのですが、安部さんのようなお客さんが他にもおられて、千葉さんがいないんだったら他に回すよ、と皆さんおっしゃっていただいて。それで、そういう人の為に又出社するようになったんです。」
呼ばれたら、出て行くのだと言う。
だから、私が直々に指名したのがとても嬉しいのだそうだ。
その日も、別に出社したと言うわけでもなかったという。
私から連絡があったということを、事務所の人が探して知らせてくれたのだそうだ。
それで、あわてて電話してきたという。
指名してもらえることの嬉しさ、それが千葉さんからびんびんと伝わって来た。
ああ、そうなんだ、お客さんに指名されること、それは客商売をやる人にとっては、一番大事なことなんだ、そうか、確かにそうだ。
マーケティングの世界では、ブランドとか信用とか、知名度とか、オフィス環境だとか、客は色々な要素で商品を購入すると分析している。
人的な要因は、当たり前故かあまり考慮されない。
しかし、自分を振り返った時、はたと私は思った。
商売は、人と人とのつきあいから始まるのだと。
持った電話をぱったと落とし、小膝叩いてにっこり笑い
そうか、商人(あきんど)の道は、客に指名されることなんだ。
ほんの少し、目からウロコがこぼれ落ちかかっているような気分だ。
そうか、そうだったのか・・・。
さて、何がそうだというのか、今日は遅いので続きはまた明日にしよう。
しかしなあ、こんなこと、こんな歳になるまでわからんかったんかなあ。
思い出した、この車、確か、ある制作会社のボケが勝手に持ち出してスキーに行き、帰りにオカマされて入院したことがあった、あの時の傷は深かったぞお、くそ、あのぼけ野郎、今はどこにいるんじゃア、安部邦雄