前にも書いたかもしれない。
Learn as if you will Live Forever,
Live as if you will Die Tomorrow.
死と生が対になっているのが面白い。
永遠に生きると思って学び、明日死ぬかもしれないと思って生きろ。
今日できる宿題は今日かたづけろ、だが、その宿題が簡単にできるなら、それはつまらない宿題だと思った方が良い。
これは今私が考えた。
まあ、同じようなことを言っているにすぎないが。
論語に書かれているようなことは、一応知識と知っているから、今さら目新しいとは思わない。
しかし、何気なく読んでいる本に、名言・金言・箴言・格言(同じような意味の言葉がたくさんあるものだ)の類が紹介されていたりして、おっと思うことも多い。
大橋巨泉さんは近著『巨泉』で、ロイド・シュアラー「幸せな人生へのガイド」というのを紹介している。
1.誰もこの世を生きて通り抜けることはできない。だから正しい価値観を持とう。
この世を生きて通り抜けることはできない、にビビビとなった。
生きて通り抜けたいと思うから、神にすがるのだろうか。
正しい価値観を持つ為には、できれば死なないでいたいと思ってはいけないのかも。
しかし、ならば正しい価値観とは何ぞや。
7.人に助言を与えることにも用心深くしよう。賢い人はそれを必要としないし、愚かな人は心に留めないだろうから。
なら、どうすればいいのだ、と悩んでしまうが、要は適当にしておけ、ということだろう。
自分が正しいことを言ったとしても、それが何かを産み出すなどと思わないことだ。
自分は相手に材料を渡すだけだ。
相手がその材料を使おうと使うまいと知ったことではない、と思っておこう。
アインシュタイン「問題は、問題が発生した時の意識のままでは解決できないというこだ。」
う?ん、深いなあ?。
今までの自分で問題が片付くなら、もともと問題ではなかったということかも。
問題を解きたければ、自分の考え方を変えないといけない。
学校教育では、問題を解くためには、ただ記憶をしろ、その記憶を応用しろというだけだ。
自分を変えることも厭わないという精神を教えるのも必要である。
一度手に入れたものを捨てたがらない人がいる。
部屋の中は、捨て切れなかったモノで一杯。
どれにも愛着があるし、いつか使うかもしれないと置いてある。
しかし、それを捨てなければ、問題は解決しないことも多いということか。
古いものはどんどん捨てる人もいる。
その人の部屋は、いつも簡潔にまとまっている。
確かに、こういうタイプの方が、合理的に問題解決ができるのかもしれない。
でも、そうは思いたくない気分もあるし。
古いものを簡単に捨てられないというのは、自己革新ができない人間だと言い切るのも躊躇するのだが。
毎日、新しい言葉が私を戸惑わせている。
これで自分が進歩していると言えるのかどうか、イマイチ自信が持てない今の私である。
私が感動した言葉集とかいうのを、いつかまとめてアップしてみたいと思う、そうしないと私も感動しながら、次々忘れてしまうから、安部邦雄