汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしている。
「なごり雪」の冒頭をふと思い出した。
私は今、空港にいて4時半発の飛行機の搭乗案内を待っている。
私の横には、もちろん誰もいない。
時計を気にしている、別れを惜しむ人もいない。
でも、いたら鬱陶しいだろうなと思う。
私は、どちらかというと、乗り物は一人で乗るのが好き。
電車も飛行機も車も船も。
ひとりで、外をぼーと眺めている時が好き。
そんな物思いにふけることができる時間が何にもまして愛おしい。
心が集中せず、いたずらに時間を費消するのが苦痛でしかたがない。
一人で乗り物に乗るとき、私は少しだけ旅する者の情緒に浸りきれたりする。
月日は百代の過客にして、行きこう年もまた旅人なり。
芭蕉の心、ここにあり。
一人旅が好きというよりも、一人で知らないところをたずねるのが好きなのかもしれない。
未知なものに、ひとりで立ち向かう、そんなヒロイズムに憧れているといったほうがいいかも。
ヒロイズムというより、ナルシシズムかな。
友人と一緒に旅行するのはもちろん楽しい。
昨年の安部家一族のファミリー旅行も、味わい深いものがあった。
一人旅なんか、話し相手もいないし大変だろうなんていわれたりする。
でもね、話し相手がいないのは東京でも同じだ。
ひとりで住んで、ひとりで社会生活を営んでいたら、一人旅するのも、どこか現在の延長と変わりはない。
むしろ、普段臆病に生きている分、旅に出て無理やり積極的になるのも悪いことではない。
旅に出て、つらい思いをするのも自分なら、ほかでは得られない人の情けに出会うのも自分なのである。
自分を主張するのも、引っ込み思案になるのも、全部自分なのである。
ひとり旅は、いつも自分と正対することを求める。
だから、私はなるべくなら、一人で未知の世界へと旅たちたいと思うのだろう。
旅に病んで 夢は枯野をかけめぐる
そういえば、私の心象風景にそんな枯野が増えてきたなあ。
ラウンジはとても静か、先ほどから睡魔が時々襲う、寝たら絶対にやばいのだが、そう思うとますます睡魔が・・・・、安部邦雄