言った、言わないという話になるから、そういう時はちゃんと文書にして、確認しておかないとだめだ。
これは私が営業時代に実感させられたこと。
放送局のビジネスというのは、驚くなかれほとんどが口約束の世界。
契約書なんて、相手が作れというから作るのであって、放送局側から作ること等ほとんどない。
それで1億、2億の話が決まってしまう。
私が昔、無造作に作った企画書があるが、そこには製作費1億円などと書いてある。
これを代理店に提出、しばらくすると「OKです、売れました」という返事。
後は、実際に製作し、請求書を回すだけ。
放送局には1億円なんか端金(はしたがね)なのかというと、そういうわけでもない。
ただ、アバウトなだけなのだ。
請求した金はよほどのことがない限り、取りはぐれることがないと信じているというか。
税務署が放送局の資料を見て、いつも呆れるという。
億の金の取引に、契約書がないなんて信じられない。
確かに、今は自分でビジネスをやるようになって、そういう気持ちがよくわかるようになった。
放送局にいると、ほんと感じないことだ。
さて、言った言わないの話。
新米の営業マンである私のところへ、ある広告代理店の人がやってきた。
実はAというスポンサーで、イベントをやることになった。
協力ということで、イベントの宣伝をしてほしい。
宣伝に見合う費用は、後ほどAからスポットの形でお返しするから。
私は承諾し、協力という名目で番組内でイベントの告知をした。
新米の営業マン、当然しばらくしたらスポット出稿があると思っていた。
だが、何の連絡もなかった。
スポンサーAは、他の代理店を通じて出稿があったので、協力するのは問題ないが、当該の代理店はこれと言って付き合いはない。
どうしていいのかわからず、とりあえずこちらから電話。
例のスポットはどうなっていますか?
向こうの答は、冷たいものだった。
いや、スポット出稿はあるかもしれないとは言ったが、必ず出すとは言っていない。
じゃあ、私どもが宣伝したという事実はどうなるのか。
協力して頂いたことはAは感謝していますよ。きっと、この後、何らかの見返りはあるはずですから。
何て奴だ、と思った。
得したのは、おまえらだけじゃないか。
腹は立つが、これは言った言わないの話になる。
絶対に出稿があるという話ではなかったと言われればこちらは泣き寝入りだ。
当時の次長に相談した。
べらんめえの次長は、そんな奴すぐ会社に呼べ、と怒った。
私は、今回の件は会社として看過出来ないと言っている。
部長が怒っているので、すぐに事務所まで来てくれと尾ひれをつけて言ってやった。
その後は、応接室で、次長が一方的に本人をなじる。
スポンサーAには、会社としてこんなことは認められないと強く申し入れをするつもりだ。
お前も、首を洗っておとなしく待っていろ!
さすがに迫力が違うなと感心したものだった。
後日、スポンサーの担当の方と本人が謝りに来た。
そんな事情とは知らず、本当に申し訳ないと言われ、一応はこれで事態は収拾された。
その後、その代理店の男とは二度と会っていない。
営業マンとしては、まことにチョロイ存在だった頃の話だ。
言った言わないの話は議論するだけ無意味、その言葉は以来重要な処世訓として、ずっと私の中にある。
言った言わないの話は他にも一杯ある、もめ事があればいつもどこかに、言った言わない論争があるような気がするのだが、皆さんはどうだろうか、安部邦雄