オルタナティブなんて言葉をそこそこ使いはじめたのが、今から10年ほど前。
もっぱらポップスの世界でだったと思う。
REMなんかが有名だった。
ムーブメントとしてはカレッジチャートの盛り上がりがあった。
辞書には色んな訳が書いてあるが、「代わりの」という意味がこの場合一番近いだろう。
本筋としてのポップスチャートがあるとしたら、その代わりのチャートがオルタナティブだったわけである。
では、本筋のポップスチャートがあるのに、何故オルタナティブを人は求めたか?
おそらく、そのヒット曲を作る構造に疑問が出て、それ以外の構造で作られた曲が求められたからであろう。
日本の例で見てみよう。
今の日本のヒット曲を、一体どれだけの人が認知していることか?
宇多田とか浜崎とかは、名前だけでも大体の人は知っているが、DAIとかBoAとかEEjumpとなると、どれだけの人が知っていることか。
Dragon Ash、RIP SLYME、EXILE、このあたりになると、そんなの知るかで、充分通用するような気がする。
で、今の日本のチャートはこういう連中がのさばっているチャートなのである。
一部の若い連中が、商業音楽業界に利用されて、こんな毒にも薬にもならない音楽に熱中しているのである。
毎年、何百という曲がヒットチャートに顔を出している。
でも、その曲を全部知っているのは、日本国民の1%以下だろう。
いや0.1%以下、0.01%以下かもしれない。
こうなると、誰もがこう思うはずだ。
もっと自分達が本当にこれは私達のヒット曲だと思えるものを持ちたいと。
わずか、0.1%の連中だけで作ったヒットチャートが、マスコミによって、今週のヒットチャート、今月のヒットチャート等とオーソライズして伝わって行くのだ。
曲がヒットしているわけではない。
ヒットした曲名が、マスコミによって伝わるだけなのだ。
だから、オルタナティブなヒット曲が必要だと誰でも思いはじめるだろう。
本当にヒットする曲、マスコミや業界が金やプロモーションでマインドコントロールしてできたヒットチャートとは一線を画した曲を求めている。
インディーズにそこそこ人気が集まるのは、こういった現在のヒットチャートに不信を抱いた若者も相当数いるからである。
真実を知れば知るほど、今のヒットチャートがその名に値しないことがよくわかるはずだ。
え!ヒット曲って、そんな偏った構造で生まれているの?
そうなのです。
その証拠に、日本人のほとんどが、ヒットチャートに並んでいる曲名を覚えておりません。
サザンの「TSUNAMI」でも怪しいものです。
中島みゆきの「プロジェクトX」のテーマ曲でも、そのタイトルなんて見ている人の何人がおぼえているでしょうか?
さて、オルタナティブの話、まだまだ続きますが、昨日の疲れが尾をひいているようなので、今日はこれにて、休まさせていただきます。
又、明日。
そうそう、中島みゆきの曲は「地上の星」です、でも、あんまりヒット曲という扱いは受けていませんね、私の今の一押しは熊木杏里の「窓絵」かな、その内ヒットきぼんぬ!安部邦雄