先週から、ずっと伊勢物語の文庫本を借りてきて読んでいる。
この時代の物語で、私は伊勢物語が一番好きである。
話が短いから読みやすいということもあるが、その当時の人々の意識が垣間見えて楽しいからかもしれない。
ただ、原文を読みながら、よくわからないことが多いなあと痛感している。
基本的に、男(ほぼ在原業平)が女を好きになって、歌を送る、それに女が返しをするというパターン。
平文のところは、何とか意味がつかめるのだが、歌の部分はさすがによくわからない。
例えば次の歌。
いへばえに いはねば胸にさわがれて 心ひとつに歎くころかな
後に続くことばは「おもなくていへるなるべし」だけ。
これは、面なくても言ってしまったのだろう、と解釈できる。
「面なくて」は、面目なくてもかまわないと、と訳しておく。
思い切って、心の丈(たけ)を述べたということだ。
では、肝心の歌の意味は?
「いへばえに」は「言えば、得に」だろうし、「いはねば胸にさわがれて」は「言わなかったら、心が騒ぐ」、つまり恋しくて思い焦がれる状態わけだろう。
で、「得に」の後には何が続くの?「言えない」ということかな。
言おうとしても、出てこないという状態かな。
「心ひとつに歎くころかな」は、とにかく一人で歎いています、と言っているんだと思うが、私の中では判然としない。
歌心があまりよくわかっていない、教養のない、田舎もの、それが自分ということなのかもしれない。
ああ、和歌がよくわからん。
昔の人は、歌ひとつで、どうして相手の意思を確認できたのだろうか。
何をまどろっこしいことを言っているの、と今の女の子には馬鹿にされそうだが。
西行法師の歌を思い出した。
嘆けとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな
なんか、これもよくわかりませんねえ。
かこち顔、というのは、何かにかこつけている顔という意味で、月が理由で泣いているわけではない、ということなのだろうが。
ほんと、私って歌道に暗いですねえ。
え?カドが暗いから、提灯借りに来た?同感ですねえ。
ええ?終わりは落語の「道灌」のさげを借りてきたわけですが、ことほどさように、歌の道は奥深いものがあります、七重八重で傘がないことなんかわからんよなあ、安部邦雄