人生を50年生きて来た私だが、いまだに他人の生きざまに寛容になれない。
ひとりひとりが精一杯生きて来て、そして今があるのだろうが、その間に貴方はどんな問題意識を持ち、それにどんな解答をして来たのか、それをどの人にも問いつめたい衝動にかられっぱなしなのだ。
立派な解答をして来た人は確かにいる。
尊敬したくなるような生きざまを見た時、私は素直に脱帽している。
前にも書いたが、中学三年生の時の担任の先生。
風采の上がらない、出世の見込みも無さそうな先生だったが、生徒にかける言葉の1つ1つがキラキラ輝いていた。
その先生を始めとして、数限り無いかけがえのない生きざまを私に見せてくれた人たちがいた。
それでいいはずなのだが・・・。
話を最初に戻そう。
今、立派に生きていると自負する多くの人たち。
貴方の問題意識は何で、その解答を貴方はどうやって得たのか?
その上で、今の自分を肯定しているのか?
それとも、自分自身を見切ってしまい、諦めの上に安住することで満足することにしたのか?
私は、狭い社会の中でしか自分の生きざまを作ることはできなかったが、それでも、狭いなりに問題意識を持ち、そのための解答を必死に探して来た。
順風もあれば逆風もあった。
絶望と希望が潮のように満ちてはひいて行った。
そして今も、その問題意識と解答の無限連鎖が続いている。
それに少しでも正解に近い解答を用意し、上方スパイラルに自分を置こうともがいている。
貴方はどうだ?
水すましのように、同じところをぐるぐる回ってはしないか?
余計なお世話だと、ほとんどの人に言われそうだ。
人には色々な生きざまがあり、その責任をとるのもひとりひとりなのだ。
他人の生きざまをどうのこうの言える立場の人など、どこにいると言えるのだろう。
やはり、これが結論なのだろうか。
私は50の齢をすぎても、いまだに人の生きざまを問いつめようとする青二才にすぎないのかもしれない。
いい加減に大人になれよ、そんなことを考える前にお前にはすることが一杯あるだろう。
だいぶ前に、よく先輩の皆様から言われた言葉だ。
いまだに、その言葉を本当には理解していない。
その先輩も、誰も解答を得ることなく、諦めに自分の残りの時間を費やしている。
言葉がループしはじめた。
今日は、もうこれぐらいで更新をやめよう。
放送局にいた時、私の心に重くのしかかった先輩の言葉がいくつもあった、あの言葉が何故私には重かったのか、しばらくそれを考えてみようか、安部邦雄