面白いなあと思う。
あれもオレがやり、これもオレがやった。
そんな言葉を繰り返す人の何と多いことか。
でも、そう言いたくなる心情、わからないでもない。
微笑ましい例もある。
ほら、あの有名な高層ビル、あの4階と5階を立てたのはオレだ。
そう、確かに貴方が立てたんでしょう。
だから何だというのですか?
立てたという人の子供もきっと言っているだろう。
あの高層ビル立てたの、オレの父ちゃんだぜ。
確かに4階と5階を立てる時に君の父ちゃんはそこにいたね。
だから何だと言うの?
でも、こういう言葉を必死になって言う人は、きっとそれを言うことによって、自分がどれだけ凄いのかを主張したいのだろう。
客観的に見て、ほとんどの人にはどうでもいいようなことにもかかわらず。
あの仕事、実は私がやったんですよ、ほら、知っているでしょう。
確かにその仕事があったことは知っています、でも、それをやったのは貴方であったとしても、それは私にはどうでもいいことなんですが。
悪いけど、こんな人の話を聞くのは、本当はとても鬱陶しい。
こういうことって、他人に言われて何ぼなので、自分で言うのは恥さらしなだけではないかと。
え?そういうけど、安部さんも、それに近いことを言っている?
う?ん、そうかもしれんなあ?ちょっと恥ずかしいかも?。
実話なのだが、私、J-WALKというグループを「何も言えなくて」がヒットする以前から支援をしていた。
番組のゲストへは優先的に、ライブがあれば収録して無理に時間を作ってオンエアしたりした。
雑誌に紹介記事を書いたり、業界紙の対談で「ショーウィンドウに置くアーチストではないが、店の奥には必ず置いてある存在感のあるバンドであるべきだ。」と語ったりしていた。
少し悔しいが、私がFM大阪を離れた年に、彼等は802のヘビーローテーションになり、「何も言えなくて」が大ヒットした。
念願の武道館ライブを成功させ、彼等にやっと春は訪れた。
よかったねえ、と心から思った。
でも、こんなショーウィンドウ・ビジネスはほどほどにしたほうがいいよ、とも思った。
で、ある時、ある人がこんなことをいったらしい。
元FMにいたAは、彼等をヒットさせたのは自分だと吹聴している。
しかし、ヒットさせたのは802だ。
彼なんか、はしっこの方で応援していただけだ。
もし、吹聴していたのが私なら、恥ずべきことだと思うが、悪いが自分が彼等を売ったなどと言ったことはないはず。
彼等がヒットしたのは、私が現場を離れてからだ。
ただ、彼等が業界からあまり重く見られていなかった頃に、少しでも彼等のことを紹介したという自負はある。
クラブのカラオケでは、必ず彼等の歌を歌い(たいてい「JUST BECAUSE」)、居合わせた誰かに後ろをハモってもらったりした。
私のやれたことはささやかだったが、自分としては人生の一ページだった。
私が彼等を売ったのではなく、私は彼等によって充実した制作時代をすごさせてもらったというべきではないだろうか。
オレが、オレが、はかっこわるいと思う。
みんなの気持ちが、ヒットを作り出すのである。
仕事にしても、何も自分ひとりだけの力でできるものではない。
あれも私がやった、これも私がやったと言う前に、自分が本当にやったことを整理すべきだろう。
結局、最終的に自分の手許に何も残っていないとするならば、それは、自分がやったとはとても呼べないことではないだろうか。
人は騙せても、自分は騙せない。
とってつけたような嘘は、いつか自分を裏切るだろう。
自戒しないと。
会話がはずむなら、オレがオレがでもいいのだが、相手がお愛想しか言わないとか、うんざりした顔をしているのに気づいたら、即座に話題を変えないといけない、年をとればとるほどますますそうなるから、皆さん御用心、御用心、安部邦雄