平常心なんて言葉がある。
特別な事態に臨んでも、普段通り平静でいられることらしい。
いつも精神的なバランスを上手く保てて、何があっても動転しないこと、平時の判断力を失わないこと、というところか。
そんな平常心を持つ自信はあるだろうか。
断言する、私には無理だ。
多少は可能な気もしないではない。
平均よりは、多少は平常心でいられるだろう。
しかし、平常心とは、恒常的に平らな心なわけであって、そんなの無理としかいいようがない。
周りがパニック状態の時、自分がどこまで平静でおられるか、一緒になって動転するに決まっている。
阪神大震災の時、私はもちろん寝ていた。
いきなりガタガタガタ・・・。
え?、何、何、ここはどこ?
揺れる揺れる揺れる・・・
ガタガタガタガタ・・・
うわあ?何やこれは?!
寝起きで平常心なんか、絶対無理。
動転しないはずがない。
ただ、状況が進めば、何とか冷静さを取り戻すことができる。
取り戻すのが早いか遅いかだけかもしれない。
実家で火事にあったことがある。
隣家が油に引火、接した窓から勢いよく火が飛び出した。
わあー、火事だ。
家のものが叫んでいる、「お父ちゃん、水!水!」
水道から必死に水を組もうとするが、火の回りの方が速い。
パニックに陥った家人は、水を掌に汲んでかけるという、空しい努力さえ始めた。
火の勢いを見た私も、これは本当にヤバいと思った。
吹き出し方が異常だったからだ。
だが、水なんか汲んでいる余裕はないことは直ぐにわかった。
私は、見当をつけて走った。
確か、どこかに消火器があったはずだ。
偶然にも、探したところに消火器は見つかった。
10キロほどもある、でかい泡消火器である。
業務用に置いていたものだ。
確か、思いきりひっくり返せば泡が出るとか言っていたな。
誰が、そう言ったのかは覚えていない。
おそらく、親がそんな話をどこかでしていたのを聞いたのであろう。
とにかく、消火器をセット。
さあ、ひっくり返して消火を、と思った時に、隣家から思いきり消火器の音。
バシャバシャバシャバシャ・・・
あれほど、勢いのあった火が、あっという間に鎮火した。
消火器を持って、スタンバイしたまま、私は動けなかった。
よかった、火事にならなくって・・・
消火器のことなど忘れていた、さすが冷静やったね、などと家人は言っていたが、私自身は半分自分を見失っていた。
しばらく、呆然として動けなかったことがそれを表している。
平常心、修行でも積まない限り、そんなもの持てるはずがない。
パニック症候群という病気もある。
いつ自分もそうなるかわからない不安もある。
人間なんて、どこまで冷静でおれる存在なのだろうか。
強盗に襲われたら、財布を失ったら、何かの拍子で骨を折ってしまったら、急に耐えきれないほどの痛みが走ったら。
寝ていて金縛りにあったら、好きな女の子にふられたら、身内が誰か死んだら、それも誰かに虐殺されでもしたら・・・
縁起でもないことを言ってしまった、鶴亀、鶴亀。
とにかく、平常心が保てないことなんか、いくらでも出て来る。
これで冷静でおれ、平常心を保て、なんて無理難題である。
最近、どうも平常心でおれない私。
さて、どうすればよいのだろうか。
風邪をひくと、しばらく気弱になる私、ああ、こうやって大事な時間を失って行くんだよなあと、自分自身がなさけなくなる、でも、それが人生といえばそうなのだけど、安部邦雄