浦島太郎に出て来る玉手箱、あれは何だと言う話になった。
例えば、親会社から出向したサラリーマンを考えてみよう。
出向先で彼は獅子奮迅の働きをし、成果もあがり、評価もされた。
しばらくは、辛いこともあったが充実した時間を過ごすことができた。
言うなれば、鯛やヒラメの舞い踊り状態。
だが、彼はその内気づく。
私はここの住人ではない、いつまでもここにいてはいけない。
親会社では新しい分野に進出、今こそ私が望まれていると思ってしまう。
で、出向先におそるおそるお伺いを立てる。
そろそろ、元いた場所に戻りたい。
ずっとここにいてほしいと言う声もあったが、望郷の念にかられ、ついにその場を去る時が来た。
これは、玉手箱です。
いつか開けたいと思うかもしれませんが、できれば開けないままずっとお持ち下さい。
そんなメッセージとともに玉手箱をいただいて、元いた会社へ戻って来る。
そこで、気づく。
ここは昔私がいた場所ではない、人も違えば、雰囲気も違う。
昔、気持ち良くおれた場所が今はなくなっている。
同僚達も、老いさらばえ、今は見る影もない。
そう、出向先で充実した時を過ごしたものには、親会社はあまりにも退屈な世界なのだ。
どこかで時間がずれてしまった。
いつまでも進取の気概を保っている自分。
だが、昔の仲間達は既にいないか、年をとりすぎている。
何という孤独感。
自分のいる場所はもはやこの世界には存在しない。
海辺のベンチに座り、考え込んでしまう自分。
そこで、思い出す。
あの時、もらった玉手箱を。
開けるなと言われた玉手箱も、自暴自棄になった自分にはもうどうでもいいことだ。
そして、開ける。
ぽわ?んと白煙り。
そこに残るのは、昔の仲間と同じ年老いて、もう何の役にも立たないお爺さん、
もう無理はよそう。
私はこれで幸せなのだ。
みんなと同じ境遇になれて、もう何も言い残すことはない。
悲しきサラリーマンの一生。
そんな話を酒に酔いしれながら先ほどまでウダウダしていた。
何か全てが空しくなる、夏の寝苦しい夜だ。
玉手箱を開けてしまえば負けなのである、人間そんなに強くないのかもしれないが、安易な道に逃げ込んではいけない、浦島太郎は私でもあり貴方でもあるのだ、安部邦雄