憮然が、がっかりしている様、驚き悲しみなどでぼんやりしているさまという意味に、しばらく憮然としていた私。
で、一日経って、今度は言うならば悄然としております。
悄然、辞書で見ると、しょんぼり、しおしお、すごすご、という意味。
何をしょんぼりとしているのかというと、事態がうまく進んでいるのか、それともやばい状況になっているのか判断がつかないためです。
全体としてうまく行っているのは確かなのですが、個々の場面ではトラブルだらけ。
そのトラブルを一身に背負うと、私一人疲れて、何だかどんどん萎んで行くといいますか。
全体がわかっているのは、結局私一人なのかもしれないですね。
ところで、悄然の意味の、しおしおとか、すごすごとか、一体どういうニュアンスなのでしょうか。
しおしお、とは漢字で悄悄と書くそうです。
塩塩ではなかったようです。
塩をかけられて、へにゃ?となっているのかと思ったら。
元気のない様子が悄悄、しょんぼりと同じニュアンスですね。
で、すごすご、とは?
何と漢字にすると、こちらも悄悄。
すごすごとその場を退散する、なんて使うから、こそこそと恥ずかしそうにという意味かなと思ったら、違うんですね。
こちらもがっかり、しょんぼりなのです。
あ?あ、日本語は難しいなと悄然としてしまいますねえ。
では、又おあいしましょう。さいなら、さいなら、さいなら。
歌は世につれ、世は歌につれ、なんて言いますが、言葉も又、世の移り変わりによって、変わっていくものだと思います、短期的に間違っていても長い年月においてはどうでもいいことではありますが、安部邦雄