映画化もされた浅田次郎の「天国までの100マイル」。
図書館から借りてきてファーストフード店でひとり読書。
ふうん、可哀想になあ。
何だ、お前も結局そうなんや。
うわあ、けなげな女の人。なんて勝手な兄弟達。
え?そうなの?何でそうなるの?そんなの可哀想すぎるやん。
お、やくざもん、ええとこあるやんけ。
やっぱり人情厚いのはやくざやなあ。
なんでや、なんでそうなるねん、そんなん、ひどいやん。そんなんでええんか。お前はそれでもええんか。
人間の幸せって何やねん。何でこの人だけ幸せになられへんねん。
みんなが幸せの国に住むことはでけへんの?
争いもなく、功名心もなく、お金の魔力にも負けることのない、そんな世界はないの?
こんなハッピーエンド、ありい?
以上、「天国までの100マイル」のストーリーに合わせた私の感想でした。
ハンバーガー食いながら泣いてしまった。
変なオッサンがハンカチで目頭押さえて何してんねん、と思われたでしょうなあ。
でも、何となくストーリー、わかったでしょ?
浅田次郎さんの作品との出会いは、やっぱり「鉄道員(ぽっぽや)」という単行本でした。
それ以前は全く知らなかった。
直木賞をとるとらないでやっぱり違ういうことでしょうなあ。
特に、中間小説を雑誌で読まない当方としては、直木賞で話題にならない限り、その本を手に取ることもなかったでしょうし。
でも、この「鉄道員」、本当に久しぶりに泣いた本でした。
高倉健で映画化された表題作にはそれほど涙することもなかったのですが、これに収められている他の短編がもっともっと悲しかった。
これは作家の力なのか。
それとも、作家は心の中で泣くようなシチュエーションにいつも追い込まれているのか。
でも浅田氏って、他のエッセイで読む限り典型的なばくち打ちのようだし、そんなに涙涙の生活を送ったように思えないのだけど。
しかし、浅田次郎って、幽霊を登場させるのが実にうまい。
この幽霊が意外と泣かすのです。
自分の親や家族が死んでも泣かない人ってそうはおられませんよね。
それと同じなのでしょうか、親や子供が幽霊になって出てくる時たいていいいますよね。
いいんですよ。
悪いのは決してあなたじゃない。
だから、そんなに自分を責めてはいけません。
生きていた時、私がとても不幸だったようにおもっているみたいだけど、
大丈夫。
私は、私は、あんたと一緒におれたということだけで、とても幸せだった。
私からいわせてもらうよ。
ありがとう、私の大切な人。
私はとても幸せでした、本当に。
って、花*花の歌みたいになってしまった。
例え生活が苦しくとも、例え人から踏みにじられても、例え貴方に捨てられたとしても、私があの短い間、あなたの最高の愛に包まれていたという事実がある限り、私はとても幸せだった。
ありがとう、貴方。
貴方は決して悪くはない。
だから、御自分を責めるのはおよしなさい。
そんな自責の念を与えたのが私であるということは、かえって私を不幸にさせるのです。
だから、貴方はそのままで居て下さい。私はそれで幸せなのです。
今度は、伊勢正三の「22歳の別れ」になってしまった。
ええと、何か今日は湿っぽい気分なので、これぐらいでやめます。
しっかし、ウェンディーズで本読みながら泣いている私って、何なんでしょうねえ。
くそ、しかし、お前のことは忘れんぞ、覚えてろ!なんて奴も一杯かかえている、安部邦雄