かって一世風靡した人は今どこにいて何をしているのか。
そう言えば、あの人の話聞かないなあ。
そう言った人たちをとりあげるのが「あの人は今」といったコーナー。
で、このコーナーに取り上げられる人というのは、早い話、今のマスコミのフィールドに居場所がなくなった人たちである。
例をあげると、「せんだみつお」。
プロデューサーとしても、使いようがないタレントさんである。
これといった芸もなく、しゃべりもうまくなく、ビジュアルはお粗末だし、頭もさほどよくない。
今の時間におさまらない人なのである。
だから、仕事がない。
今でも、誰かが無理して仕事を作っているようだが、どれもこれもすべりまくり。
何しろ、時代に合わないのだ。
誰が悪いというわけでもない。
近頃売れなくなったアーチストというと、私は文句なくドリカムをあげる。
ミリオンセラーを連発していたドリカムも、もう存在する場所がない。
ELTとかブリグリとか、男と女のユニットで、女性がきわめてキャラクターが濃く、男は完璧なアーチストのパターン。
今さら、若い世代はドリカムは求めないだろう。
ま、古い世代の旧ドリカムファンは今でも、何らかのシンパシーは持っているようだが、CDまでは買ってくれそうにない。
一時期、ビジュアル系といって人気を博していた連中も近ごろはさえないことおびただしい。
マリス・ミゼールとかラルク・アン・シエルはどこ行ったんだ?
ビジュアル系は、今やピエロと同じである。
メッキも剥げて情けない状態。催眠術がとけたファンも一杯いそうである。
人気なんてもの、所詮マインドコントロールと同じようなものなのかもしれない。
芸能界というのは、きわめてパターン化された世界である。
同じようなものが、次々と生まれては消えて行く。
女の子のタレントなら五年持てば立派である。
たいてい、これぐらいで耐用年数がすぎる。
女優はまだましだが、そのかわり大してお金にならない。
事務所がよほどしっかりしていない限り、女優はたいてい何年か後には確実に貧乏になるであろう。
このあたり、ハリウッド女優と日本の女優は違い過ぎるというべきか。
原節子なんか、どれだけつつましやかに過ごしていることか。
岩下志麻や岡田茉莉子、小山明子さんは亭主の監督業のために金をつぎこんでいるようだし、浅丘ルリ子なんか、石坂浩二にボロボロにされた印象が否めない。
しばらく鳴りを潜めていた篠原ともえは、この前から日生劇場の舞台に立っているようだが、何となく地味としか言い様がない。
去年3月の台湾事件以来、半分ぐらい見捨てられ気味といえよう。
今年の日生劇場も、おそらくブッキングは1年以上前だろうから、仕方なしに出ているような雰囲気もある。
レコード会社にしても、シノラーはもはやおいしいアーチストではない。
つまり、バラエティ以外、彼女の居場所はないのだ。
そのバラエティにしても、彼女のようなボケ路線のタレントは一杯いる。
横でキャアキャアいうだけのタレントは寿命が短い。
一番、寿命が長いのは、ピンで番組を仕切れる人ということになる。
等と、ガラにもなく芸能界の話をしてしまった。
明日からは又もうちょっと考えさせるような更新にしたい。
感想があれば、又聞かせて下さい。
つくづくタレントさんは大変だと思います、高島忠夫さんなんかずっと鬱病らしいし、昔、スターと言われた人の晩年というのは、なかなか悲しいものがあるのでは、安部邦雄