ある商社の人と話をした。
もちろん、今話題の三井物産の人ではない。
しかし、商社の価値も落ちたものだ。
コンプライアンス(順法意識)を軽視する人々が今も至る所にいると思わざるをえない。
牛肉の偽装事件とか、賞味期限が切れた食材を使って出したUSJとか。
こういう状況と言うのは、前からずっとなされていたことで、昨今話題になるようになっただけのことだと言う人もいる。
どうなのだろうか。
前程、各社も余裕がなくなってきていて、少しでも利益を出したい、で、つい出来心でやってしまったというのが本当のところではないだろうか。
貧すれば鈍するというではないか。
背に腹は代えられず、つい悪魔の誘いに乗ってしまったと思いたい。
ならば、まだ救いようがある気がするのだ。
商社マンの人との話に戻ろう。
ある会社が、業務のIT化をはかることになった。
そのコーディネートを商社マンが頼まれ、全体を某一流のコンピューターメーカーに発注する線で検討に入った。
見積をとったら1億円になった。
ついでに商社マンがたまたま知っていたベンチャー企業に、同じような内容のシステムを作るとしたらいくらぐらいになるかを聞いたらしい。
答えは1千万円だった。
彼は、少し迷った。
某大企業だと1億円、ベンチャーだと1千万円。
で、担当者にありのままに、この話をした。
すると、担当者はこう言った。
「迷う必要はないですよ、1億円でお願いします。」
その後のセリフに彼は考えさせられたと言う。
「考えてもごらんなさいよ。どんなシステムでも、最初の思惑通りに稼動するかどうかなんて、やってみないとわからないのです。失敗した時に、どちらが言い訳が立つと思いますか。どこの馬の骨かもわからんベンチャー企業を採用して失敗したら、たとえ1千万円でも、それを採用した責任は厳しく問われるでしょう。何故、あんな企業を選んだのだと、責任がこっちにきてしまうではありませんか。」
「これが大企業だと、あんな一流のところでも失敗したんだから、これは不可抗力だと言い訳できるんですよ。いいえ、私だけではなく、会社全体が。たとえ1億円かかっても、それの方が担当者は安心なのですよ。」
大企業は、1億円払っただけのことは、後で何かで埋めてくれるかもしれない。
ベンチャーなんか、後のフォローなんてできるわけもないし、第一無責任なイメージが既にできあがっている、ということなのだろう。
実際は、そうではないのだが、と彼は言う。
何故なら、大企業を選んだところで、実際に作業をするのは、そのベンチャー企業だったからである。
1億円を大企業に払い、大企業はそのベンチャーに1千万円で下請けさせる予定だったというのだ。
どうだろう、考えさせられることではないか。
日本の商売というのは、意外とこういうパターンのものが少なからずあると私も思う。
某一流イベンターの話では、受注価格の半分は最初から営業利益としてトップオフするのは当たり前だという。
残りを実際の作業をするところに実費として下ろす。
ついでに手数料としてバックマージンも手にする、なんて話をしていた。
今もこんな濡れ手で粟のようなやり方がまかり通るかどうかは私は知らない。
ひょっとすると、こういうのもバブル時代の申し子みたいな商慣習だったのかもしれない。
しかし、私もひとりの経営者として、考えさせられることが多いのも確かだ。
それが、会社の経営を安定化させるのであれば、又、それで顧客が納得していただいているのであれば、別にこんな商慣習でも悪いとはいえない。
三井物産の話でも、鈴木宗男氏がちゃんと政治献金として処理しているといえば、明白に違法行為だといえないのではと思えなくもない。(違法には違いないことは認めるが)
談合のことを言い出せば、キリがないのは事実だ。
かけマージャンをやっていて、運悪くつかまってしまうのとどれだけ違うというのだろう。
そんなの皆やっていることなんか、常識ではないか。
私どもはやっていません、なんて言うしかないのだろうが、閻魔さんが本当にいたら、絶対皆さん、死後は舌がありませんよ。
ま、今日は、何か考えさせられるなあと言う話を書いてみました。
あなたも御一緒に考えてみて下さい。
ベンチャーに1千万円失うぐらいなら、大企業に1億円失った方が理屈がつく、という論理にはさすがにあきれてしまった、安部邦雄