もう10年ぐらい前、森繁久弥主演の「星降る里」という舞台を名古屋の中日劇場で見たことがある。
確か、名古屋デザイン博というのをやっていて、その取材を兼ねて名古屋に行っていたのだ。
舞台を見ることになったのは、その作品に石川秀実さんが出ていたからだった。
彼女は、名古屋出身だったので、ちょうど良かったのだろう、アイドル歌手はちょっとお休みして名古屋に1ヶ月ほど滞在していたはずだ。
マネージャーが名古屋に来るなら是非見て下さいよというので、手土産さげて見に行ったのだ。
チケット代が1万円ぐらいした。
何だ、招待じゃないのか、それなら手土産いらなかったな、と思ったものだ。
私は森繁さんを支持する一人である。
ラジオでもよく森繁さんの番組を聞いた。
もちろん、NHKの日曜名作座のような朗読番組ではない。
森繁、人生を語るというような番組だった。
私の兄が聞いていたので、私も聞くようになったと記憶している。
タイトルは忘れた。
兄が、その番組を活字化した本を持っていたなあ、今はどこにあるんだろう、と思ったりする。
「涙をけとばせ」というタイトルを思い出すのだが、これは番組ではなかったというような気がする。
ネットでざっと見たが、そんなラジオ番組は全く発見出来なかった。
ま、35年以上も前のラジオ番組だから無理もないか。
この番組で、森繁さんは「知床旅情」を歌ったのだ。
後に、加藤登紀子さんで大ヒットするのだが、どうしても先に森繁バージョンを聞いているので、加藤さんのはかったるくてしかたがなかった記憶がある。
1970年、私は北海道に旅に行き、知床半島をぐるっと一周する船に乗り、波にゆられながらこの歌を歌っていた。
もうその定期船も、なくなったそうだ。
時代は、かくて過ぎ行くのだろう。
話を元へ戻す。
森繁さんの舞台はとてもよかった。
ストーリーはどうでもいいような話だったが、森繁さんの演技はさすがだった。
今の森繁さんが、もう全く昔の輝きを失っているのが残念でならない。(そりゃ、年だからしかたがないけど)
特に、エンディングで歌う「星の界(ほしのよ)」が最高だった。
歌いながら、私達をジーンとさせた。
渋く、そして朗々と歌い上げる「星の界」はすばらしいの一言だった。
ただ、残念なことがひとつ。
私はこの歌を知っているつもりでいたのに、森繁さんの歌う歌詞が全くわからなかった。
まるで、知らない国の言葉のように聞こえたのだ。
東京に戻って来た私は、早速図書館に行き、この歌詞を調べた。
月なきみ空に きらめく光
鳴呼その星影 希望のすがた
人智は果なし 無窮の遠に
いざ其の星形 きわめも行かんハ
雲なきみ空に 横とう光
ああ洋々たる 銀河の流れ
仰ぎて眺むる 万里のあなた
いぎ棹させよや 窮理の船に
字で読むと、何だそう言う意味かと思ったのだが、耳で聞いているとさっぱりわからなかった。
無窮の遠、むきゅうのおち、と読む。
果てしないことを指しているようだ。
窮理の船、きゅうりのふね、と読む。
真実を追求しようという船のことだろう。
胡瓜でできた船では決してない。
とにかく、その時は意味がまったくわからなかった。
いまだに何故わからなかったのかのなあ、と思ったりする。
ひょっとしたら、森繁さんのことだから、無茶苦茶歌っていたのかもしれないが。
私はこの歌詞を読みながら、自分の浅薄な知識を恥じたものだ。
世の中には、知らないものがまだまだある。
私は何でも知ってますと言う顔だけはしないようにしよう、と心に誓ったものだ。
でも、すぐその誓いを忘れるのが、私の欠点かもしれないね。
昔の人が作った文語調の詩はすごいな、といつも思う、最近のJポップとやらの歌詞のうすっぺらさよ、もう少し先達の書いた詩を勉強するなりしろ、とすぐ小言幸兵衛になってしまう、安部邦雄