先日、あるメジャー・デビューしたバンドのメンバーと食事をした。
デビューしたものの、自分としては今後どうしていいのかわからない、と彼は言う。
事務所からは、勝手に行動するなと釘をさされているが、普段は別にすることがないので、どうしてもアーチスト仲間と会うことになる。
今や、東京ではデビューしたものの、半ばくすぶっているバンド連中が多いという。
デビューすれば、アルバム出して、それをもってツアーに出て、テレビやラジオの番組に出演して、という日常を描いていたのだが、実際は大違い。
シングルは何とか出せるが、アルバムなんて出せそうにない。
ヒット曲が一曲もないアーチストのアルバムなんて、作らせてくれないという。
今のレコード会社は、バンドであれアイドルであれ、少なくとも3ヶ月に一枚はシングルが出せないといけないという。
3枚ぐらいシングルを出した後、やっとアルバム発売につなげる、なんて言う人もいる。
そのために、デビューするアーチストは、少なくとも3曲は売れ筋の曲を持っていないといけないという。
インディーズで売れていた連中はまだましだ。
3枚のうち、1枚ぐらいは過去の曲から出すことも可能だからだ。
しかし、まずデビュー曲は、新曲でないといけない。
しかも、そこそこのセールスがなければいけない。
でなければ、2枚目以降は出すことができても、宣伝費は確実に減る。
1枚目の発売時には、全国プロモーションが組まれたり、業界向けのプロモーションライブがあったりするが、2枚目にはそんなものは何一つ用意されない。
せいぜい、東京地区のラジオ局をまわるぐらいの仕事しかない。
売れなければ、バンドのメンバーはただヒマなだけである。
事務所の締め付けが強いところは、行動の自由さえ奪われる。
住むところは劣悪。
往々にして、メンバーと同室なんてこともある。
これがメジャー・デビューか、と悲しい思いをする人も多い。
でも、こんな話、これからデビューしようと思っている人には、なかなかわかってもらえないが。
昔、ZIGZAGという広島のバンドがいた。
全国のコンテストでグランプリをとり、あるビッグな事務所と契約、メジャーデビューを果たした。
お披露目のライブが広島であり、私も招待されて見に行った。
2000人規模のホールが超満員。
舞台も華やかに作られ、最後は風船が天井から無数に落ちて来た。
事務所とレコード会社の期待度の高さがわかる、ゴージャスなライブだった。
私もちょっと乗った。
ボーカルの声が実に味があったからである。
バンドがどうなろうと、彼は絶対に一線で通用する、私はそのデビューを本当に祝福した。
でも、彼等は思った程は売れなかった。
バンドという形式が足を引っぱっているのではないかと私は思った。
みんな、仲良しグループだったのだ。
それが、東京へ行き、思い通りにいかなくなったのだろうか、どうも、グループのまとまりもないような感じがした。
それから、どうなったのか、私は詳しくは知らない。
何年か後、バンドは解散し、ボーカル君だけがソロで残った。
でも、その時には、彼は疲れ切ったのか、デビューの時のような味のある歌は歌えなくなっていた。
どこかで、何かが間違ったのかもしれない。
最初のあまりにも華やかな演出が、彼等の可能性をかえって歪めてしまったのかもしれない。
もう20年以上も前の話。
でも、同じような話は、今もどこかで起きている。
これを運と呼ぶのかどうか、、、。
運がいいとか 悪いとか
人は時々口にするけど
そういうことって 確かにあると
あなたを見てて そう思う
?さだまさし(グレープ)「無縁坂」
変に、デビューなどして、夢をみたことがまちがいだったかもしれない、ある人のため息まじりのひとことだった。
でも、次から次にアーチスト志望が全国からやってくる、男の仕事って結局遊び半分でできないから、女の子が女優志望って言うのとは分けが違うと私は思うのだ、くれぐれも業界に弄ばれないことを祈るだけ、安部邦雄