segawaxに聞いた話なのだが、テリー伊藤氏が年収300万で楽に暮らせる生活を提案していたという。
贅沢さえしなければ、四人家族で300万で充分だと彼は言うのだ。
segawaxも、できればそんな生活を追求したいみたいなことを言っていた。
年金生活だと、およそ年収200万ぐらいだ。
私は、独り者だから、まあこれぐらいでいいかと思っている。
ところで、今日発売の読売ウィークリーにテリー氏が又コメントしていた。
それによると、確かに前に300万でも楽に暮らせると書いたが、最近はちょっと無理ではないかと思うようになった等と言う。
おいおいおい。
あんたのご託宣を聞いて、300万でガンバっている人って多いんじゃないの?
今さら、よく考えると無理だった、なんて言うのあり?
確かに都会じゃ無理っぽいね。
子供の教育費もバカにならないし。
まあ、教育費のほとんどを公的制度に頼るなら、そんなに嵩むこともないかもしれないが。
高校時代の友人は、町工場の息子だったけど、毎月奨学金をもらっていた。
親父の年収は、自営業だから何とでもなるとか言って、貸与ではなく給付されていた。
私も自営業の息子だったが、親父はそういう知識もなかったのか、それとも金を恵んでもらうという生き方が嫌いだったのか、奨学金のことなど話題にもならなかった。
こういうのも正直者はバカを見るということの一つなのだろうか。
年収1000万もありながら、都営住宅に安い家賃でちゃっかり住んでいる奴もいるし、豪華な公務員宿舎に住む奴もいる。
世の中にはいろんな制度があって、うまく使えば、とても楽に暮らせることだってできる。
だが、ほとんどの人は、そんな制度を知らない。
サラリーマンでも、申告すれば税金が還って来るぐらいの話が関の山だ。
本当は、もっと得な制度がいっぱいあるはずなのに、そういう制度を使っている連中は決してその話を口外しない。
おそらく、募集数に限度があるから、これ以上利用する人を増やしたくないのだろう。
助成金の説明会でもそんなことを言う人がいた。
こうすれば、助成金が受けやすいなんて話、そう簡単には言いたくない、とかね。
ところで、最初にとりあげた読売ウィークリーだけど、これからは年収300万以下と1000万以上に2極分解していくなんて書いていた。
額が正しいかどうかはともかく、確かにそんな傾向が出て来ているような感じもする。
同一年令同一賃金の法則なんて、今や風前の灯火なのかもしれない。
富めるものはさらに富み、貧するものは、更に鈍する。
働けど、わが暮らし楽にならず、じっと手を見る夏の夜
では、また明日。
しかし、最近の更新しょぼいと思いませんか、何か自分でも不安になりそう、安部邦雄