時間があったので、明治神宮を参拝した。
実は、会社のある代々木から、明治神宮までは歩いていけるのだ。
明治神宮には3つの参道がる。
北参道と南参道、そして西参道である。
表参道というのは、正式な名称では無さそう。
地名としては、一番有名ではあるが。
原宿から明治神宮へ行く道が南参道。ほとんどの人が通る道だ。
小田急線参宮橋から、東京オリンピックの時に選手村のあったところを通って行くのが西参道。
そして代々木駅から南に少し下ったところにあるのが北参道である。
代ゼミやアニメーション学院、山野美容などの専門学校生でごったがえす街を抜ければ、途端にうっそうとした森に入る。
砂利道を文字通り、じゃりじゃりしばらく歩けば社殿にたどりつく。
年末から正月の喧噪とは大違い、参拝客もそれほど多くない。
意外と外人さんの姿が目立つのだが、日本観光局(そんなのあるのかな?)は東京に行けば絶対に明治神宮に行けと宣伝しているのだろうか。
社殿にとりあえず参拝。
何がおわすか知らねども、ありがたさに涙こぼれる
わけはない。
おわすのは、明治天皇と昭憲皇太后だということは誰でも知っているはずだし、現実主義者の私が、神さんをありがたがることもありえない。
しかし、そういう人間臭い宗教的な部分はさておき、神宮の森の荘重さに、自然と身の引き締まる思いは否定出来ない。
政治とかイデオロギーとかに利用されるのは御遠慮したいが、都会のど真ん中に、こういう自然の偉大さを感じられる空間は今後とも残してもらいたいものだと思う。
とはいえ、イデオロギーから明治神宮は自由ではないと言うことは、そこかしこのポスターや、標識などでよくわかる。
折しも、「明治大帝展」というのを開催していた。
明治天皇を明治大帝と呼ぶのも、何だかなあである。
大帝というとロシアのピョートル大帝とか、ジャングル大帝とかしかすぐには思い出せないが、単なる天皇ではないぞ、国の先頭に立つ、三軍の長なるぞ、などというメッセージが聞こえて来たりする。
明治神宮の祭神になっておられる方だから、そりゃ偉大なる天皇であったのだろうが、どうもこれらのプロパガンダの中心勢力は、私達に無条件に天皇の権威にひれふし、国家の象徴に忠義を励めと言いたいのだろう。
明治時代にどれだけ日本国が発展し、どれだけ日本国民が立派だったかとこれらのメッセージは語っている。
だから、その精神に学べと至る所に書いてある。
同じようなことを書いてあったなと思い出したのが、奈良の橿原神宮。
やっぱり、神武天皇の遺徳を偲び、大和魂で天皇を中心とした国家に忠義をつくせと書いてあったような。
確かにアメリカ人がキリスト教に帰依するほどには、日本人は万世一系の天皇家に対して、昔ほどは帰依していないのは確かだろう。
だからといって、今さら天皇に忠誠をつくせと言われてもねえ。
忠誠をつくして、結局天皇を利用した、時の政治勢力にいい様に利用されるのが落ちじゃないか。
そういえば、靖国神社もプロパガンダ一杯の神社だなあ。
先の戦争で、国の為になくなった方々を祭るのは全く問題がない。
しかし、その戦死した人を祭ることによって、人心を天皇を中心とした国家に従属させ、再び過去の秩序を蘇らせようとする勢力の存在が、あまりにも露骨なのだ。
戦死者を、国民支配の道具に使っているのではないかと言う疑念が、どうしてもこの神社から離れない。
外国の要人を、靖国神社に連れて来てはやはりいけない。
どうみても、この神社は軍国主義の象徴だ。
再び、日本は軍国の道を歩むのだと主張しているようなものだ。
伊勢神宮とか出雲大社は、ま、観光地みたいなものだから、まだいいけれど。
でも、靖国神社の存在自体は、私、あまり嫌いじゃないんです。
そこに集まってくる連中がイヤなだけです。
そういう意味でいえば、他の新興宗教の信者と同じなんですね、この人たち。
うさん臭いやつら!
こいつらをとにかく何とかしたら、心置きなく靖国にも参拝できるのにと、心から思っているのですよ、ほんまにほんま。
神宮のカラスは、とても人に馴れています、餌を放り投げると空中でパクッ!ま、八咫烏(やたがらす)に守られた天皇家ですから従順なのも当たり前かも、でも、サッカーの日本チームのエンブレムが何故、八咫烏?安部邦雄